宇宙人チッチ
ー前置きー
宇宙人を見る目は外国人を見る目と同じだ。
みんな同じ者のように見える。
ましてその者の成長した姿などは、まるで判別がつかない。
小学一年生の頃だった。
「私が一番深い穴を掘る!」
誰が一番深い穴を掘れるか、その当時の私達にとってはそれが人生を賭けた一大勝負だった。
5時のチャイムが鳴り、みんなが帰った後も私は穴を掘り続けた。
穴の深さに人生がかかっていると信じていたから。
それで公園の砂場を掘っていたら、猫の糞と、宇宙人を掘り出した。
座布団ほどある不思議な楕円形の箱の中には、煙と、宇宙人の赤ちゃんが入っていた。
あれが赤ちゃんだったんのかは定かではない。
私と宇宙人はキョトンとして見詰め合っていただけだったけど、不思議とそんなに悪い気はしなかった。
寧ろ、とても幸せな出会いなのだと子供心に思った。
私は宇宙人をチッチと名付け、小学校の一輪車倉庫で育てることにした。
チッチによく悩みを相談した。
ちょっと河童っぽい気がしたので主にキュウリをあげた。
割と何でも食べてすくすく育った。
一輪車倉庫では人の出入りが多く見付かる気がしたので、放送室のロッカーに移した。
一輪車倉庫にお化けがいるという噂になっていたので、探される前に移す必要があった。
チッチは最初、私の相談に優しく相槌をうって聞いているだけだったけど、そのうちチッチも私に悩みを相談するようになった。
「自分はどうしてここにいるのか、ここに来たのか、何のためにいるのか。」というのがチッチの悩みだった。
私は、
「チッチはきっと私のために来たんだよ。チッチがいると楽しい。チッチがいなきゃダメ。」
と言った。
チッチと遊ぶ時はいつも夜だった。
夜の小学校で私とチッチで遊んでいたら、女の子に出会って、その子はチッチを怖がったり嫌がったりしなかった。」
その女の子が花子さんだとわかったのは後々のことである。
花子さんとチッチの仲が良いので、
「夜になったら私が来なくてもロッカーから出て小学校で遊んでいいよ。」
と、言っておいた。
私達はとても仲が良かった。
でもみんなが嫌がるから私達は見付かっちゃいけない。
夜の小学校でだけでしか遊べなかったけど、私達にはそこが小宇宙のように何処までも広がる楽しい空間だった。
ある日、チッチが病気になった。
宇宙人の食べ物とか育て方がちゃんとわかっていなかったのかもしれないことをチッチに謝った。
チッチはでも、
「キュウリが好きだから、キュウリを食べればきっと大丈夫だと思う。」と言った。
私はだからチッチにいっぱいキュウリをあげたけど、チッチはそのまま死んでしまった。
チッチを掘り出した公園の砂場に、深く深く穴を掘って、キュウリとあの不思議な楕円形の箱と一緒にチッチを埋めた。
どうしてチッチが公園の砂場になんか埋まっていたのか、それは今でも、きっと私と会うためだったと思ってる。
それからは私と花子さんが会うこともなくなった。
↓以下、私の妄想にて記入↓
実はそのすぐ後、砂の中で目覚めたチッチは記憶を取り戻した。
チッチは地球侵略のため調査員として地球に派遣された宇宙人なのだった。
しかし、長期睡眠状態での移動を行ったため記憶喪失してしまっていた。
全てを思い出したチッチは、チッチだった今までのことは全部忘れて、調査員096として行動を始める。
「応答せよ。応答せよ。096調査員です。地球に降り立ちましたが栄養状態に不備があります。至急、エネルギーの送付を頼みたい。
受け取り場所は東京タワーの上にいたしましょう。」
096は宇宙船に連絡を取ると、すぐさまUFOに乗って空の彼方に消えていった。
チッチが入っていたあの不思議な楕円形の箱はUFOだったのだ。
その時、東京タワーの先っちょがちょっと曲がったという。
↑妄想にて記入、以上↑
あれから十数年。
東京タワーも役目が終わり、スカイツリーの建設が始まっていた。
「チッチ?チッチだよね?」
ある女の人が夜の裏通りで、追突した車の中にいる男性に声をかけていた。
変な車だった。車なのかもよくわからないくらいおかしな車だった。
それにそこは車の入れるような道ではなかったのだ。
でも女の人はあんまりそのことは気にしていなかった。
それより、その車の中から出てきた人物がとても懐かしいあのチッチだということにとても喜んでいた。
女の人:「チッチ!チッチでしょ!怪我をしているよ。大変だよ!」
096:「チッチ?そんなのは知らない。私は096だ。しまった、頭を打ったショックで元の姿に戻ってしまっている。・・・あなた驚かないのか?・・・運が良かった私を知っているとは貴方も宇宙人ですね!・・・良かった。抹消処理は苦手なもので。」
女の人:「チッチ、覚えてないの?」
096:「チッチとはどういう意味でしょうか?私は096ですが。何か話が噛み合いませんね。」
女の人:「チッチ、それもう大丈夫なの?」
女の人は096の頭から流れる血を見て言ったが、096は車を見て言った。
096:「抹消するか。」
車はもう動きそうになかった。
096は何かスイッチを車に付けて、女の人と共に車から離れた。
すると、あのヘンテコな車は跡形もなく消えた。
女の人:「あ!チッチ、車が消えたよ!」
096:「だからチッチって何です。」
女の人:「チッチはチッチだよ。チッチはこれからどこへ行くの?」
096:「さあ、宇宙船と連絡が取れるまでは・・・貴方は一体何者なんだ。妙に親しくして・・・。」
女の人:「私はユカだよ。覚えてないの?ずっと前、小学生の頃。私は今、一人暮らしだから大丈夫。家に来て休みなよチッチ。」
そうして096と女の人の二人暮らしが始まった。
でも正しくは、チッチと私の二人暮らし。
096はチッチなんだ、正しくは。
きっと思い出す。
チッチは家で寝泊まりするだけで、他に何か忙しそうだった。
今のチッチはキュウリもあまり食べない。
そのうち仕事が行き詰まったりしているようだった。
仕事の気晴らしにと私は漫画や映画を勧めてみたり、上野の美術館へチッチを連れて行ったりした。
姿はまるっきり人間に化けられるのでそのあたりの心配はいらない。
最初こそ気乗りではなかったチッチも、特に日本美術展には感嘆したようだった。
チッチ:「人類は素晴らしい物も残しているのですね。」
そう言っていた。
私はチッチに思い出してもらおうと色々話したけれど、
チッチ:「私は096。チッチは知らない。」
の一点張りだった。
毎日キュウリを買った。
チッチは最近、他の調査員たちと意見が合わないのが悩みらしかった。
↓以下、私の妄想にて。宇宙船の休憩室で調査員仲間との会話↓
休憩室にはタバコのようなものが設置されていて、調査員たちはみなタバコを吹かしていた。
096も一服ついて、そして一言漏らした。
096:「しかし本当に、そこまで危険なのか?人類は・・・」
096は煙のゆっくり動く様子を目で追っていたが、仲間達の目は即座に096へ向けられた。
調査員仲間:「おまえ今の・・・。俺が古い友人だから問題にしない。でもおまえ、問題だぞ。人類の女と暮らしているっていうじゃないか。今の発言は事によっては問題にされるぞ。」
096:「暮らしているのも調査のためだ。ただその調査の過程で、別の可能性も疑ったというだけだ。」
096は大きく煙を吐き出した。
休憩室はあまり通気が良くない。
電灯の周りは白く煙が渦巻いて見えた。
096が休憩室を出る時、調査員仲間が096に言った。
調査員仲間:「おい、人類の歴史を読み返しておけよ。」
096は返事もタバコの始末も適当に、休憩室を出て行った。
↑私の妄想にて。宇宙船休憩室での会話、以上↑
チッチはいつもどこかへ飛んで行くと、いつもどこかから飛んで帰ってくる。
ヘンテコな車はもうとっくに新しいものだ。
いつものように飛んで帰ってきたチッチは、その日いつもより疲れているように見えた。
チッチ:「何だか上手くいかない。」
と、チッチが呟いた。
私:「チッチ、大丈夫だよ。チッチは強いから。砂に埋まって生き返ったんだもん。強いよ。」
チッチ:「私はチッチではない。地球を侵略しに来た宇宙人、調査員096だ。」
私:「ちがう!あなたはチッチ!私に会いに来たの!そんなことする必要ない!」
チッチ:「チッチじゃない。私は096だ!!」
そう言って私にしっぽで一撃喰らわすと、合鍵を放り投げて何処かへ飛んで行った。
↓以下、私の妄想にて。宇宙船での調査報告↓
096:「調査員096です。調査結果の報告に参りました。地球上は陸地の90%を人類が侵略しています。しかし人類には未だ、海底の圧力に耐えうる力がありません。地球の半分以上が海底に沈んでいますが、人類は海底には住めないのです。そこで、我々は海底を住みかとしてはいかがでしょうか?」
「馬鹿な!096、おまえは人類に遠慮して資源を譲ろうというのか!?海底だと?ふざけるな!人類が陸地にいるのは陸地の方が住み良い証拠だ!」
096:「しかし陸地には既に人類が・・・」
「096!何が言いたい!?もしや人類に情が移ったか・・・残念だが人類は冷酷なのだよ。我々よりも遥かに冷酷だ。油断は出来ない。」
このとき静かに096へ銃口が向けられていた。
096:「私は調査を進め、その上で、」
「冷酷なのだよ人類とは。抹殺するより他はない。」
096「では何のための調査です。」
「引き続き調査を進めたまえ。」
096:「・・・」
「調査を進めたまえ」
カッという線光が096の足元を焼き尽くしたのと同時かそれとも直前だったか、096は走り出した。
「096何処へ行く!!」
「反逆者め!096を捕まえろ!!」
無数の線光が096目掛けて放たれ、緑色の血が鮮やかに飛んだ。
↑私の妄想にて、宇宙船での調査報告、以上↑
そうして何日か経ったある日、ボロボロになったチッチがドアの前に座っていた。
私:「チッチ!!」
私はキュウリの入ったビニール袋を落とした。
チッチ:「チッチ・・・そうだね。僕はチッチなのかもしれない。チッチはキュウリが好きなんだよね。僕もキュウリが好きだよ。僕はチッチ。君のために来た、チッチだ。」
それから、チッチの傷は良くならなかった。
宇宙船に帰ることを勧めたけれど、
チッチ:「もういいんだ。」
と繰り返すばかりだった。
チッチ:「もういいんだ。・・・僕は最初、君も宇宙人だから僕を助けたのかと思った。でもそうではなかった。全ては僕の勘違いで巻き込んでいて、でも調査員として君を抹消する必要があった。僕にはそれが出来なかったよ。何でだか。僕がチッチだからなのかもしれない。君に会いに来たからなのかもしれない。」
と、チッチは言って、そのまま弱っていった。
キュウリを欲しがった。
私はキュウリを小さめに切ってチッチに食べさせた。
本当はチッチは最後まで何も思い出していなかったのかもしれない。
寧ろ、あのチッチではなかったのかもしれない。
それでもチッチは、
チッチ:「懐かしい気がするよ。君に会えてよかった。」
と言った。
私:「私もチッチに会えて幸せだよ。」
そうして傷が良くなるのを信じて、辛抱強く看病していた。
けどある日、私が帰ると、チッチが車に付けたあのスイッチを自分に付けているのを見付けてしまった。
私:「いやー!!」
咄嗟に抱き付いた。荷物も落として。
チッチ:「離れないと君まで消えてしまう。」
私:「いや!離れない!」
チッチ:「証拠を残すわけにはいかないんだ。」
私:「いや!何処にも行かないで!」
チッチ:「でもね・・・」
私:「イヤーーー!!」
私はまるで子供のようにしがみついて地団駄を踏んだ。
チッチ:「・・・ありがとう。」
チッチはそう言った。
それでも私達はしばらくそうしてた。
そのまま布団に横になっても、ずっと抱き合っていて、チッチは私が落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。
チッチ:「ずっと一緒だよ。何処にも行かないよ。」
チッチはそう言って私を落ち着けた。
そうだよ、何処にも行かせない。と、私はチッチにしがみついていたけれど、
私が寝込んだ隙にチッチは離れて、跡形もなく消えてしまった。
目覚めた腕の中にチッチはいなかった。
全てが夢だったような、何事もない綺麗で寂しい朝だった。
096はチッチ。
私に会うために地球へ来た。
私は今でもそう信じてる。
おわり