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醜いアヒルの子のその後

ある日、凍てつく氷も溶け冬は過ぎ、よく晴れた春のこと。

醜いアヒルの子はその名を悟と言うことは記しておこう。常にマスクをして醜い顔を隠していた。

この頃、悟は二十歳。酷い頭痛と徘徊癖の持ち主になっていた。

今日も案の定徘徊していた悟は、着の身着のままいつもより多く歩いた。

そしてある大きな公園へ行き着いた。ここに来るのは初めてである。

桜が咲き乱れ、その下に大学生と思われる若者たちが集まっていた。

その姿は悟には眩しすぎた。彼等は輝いている。彼等の輝きを浴びた瞬間、自分の後ろに大きなどす黒い影が落ちたのを感じた。

その影が悟に語りかけてきた。

影:「おい。彼等が俺を見たら、どう思うだろうな。」

悟:「え?」

影:「俺はお前だよ悟。なんて醜いんだろうな俺は。」

悟:「何だよ・・・」

影:「こんなんだから母さんにも嫌われるのさ。」

悟:「黙れ」

影:「俺を見ろ悟。醜いだろう。あいつ等に見せてやるのさ、俺を。」

悟:「やめてくれ」

影:「そしたらきっと嘲笑されるだろうな。もしくは汚いものでも見たような顔をされるだろう。蔑まれる。もっと酷けりゃ逃げられる。石でも投げられるかもしれねーな。」

悟:「やめろ!」

影:「その時、俺の心は死ぬだろう。そしたら何も感じなくなる。答えが出るのさ。楽になれる。」

悟:「何言ってんだ!」

影:「さぁ、あいつ等に俺を見せるんだよ。そして俺(ぼく)を殺してもらうのさ!」

未来への希望に満ちた明るく弾ける様な笑い。自分の知らない世界の輝き。マスクを外し、顔を露わに悟はその眩いばかりの輝きに近づいて行った。

一歩一歩近づくにつれ輝きは更に眩く同時に、影は濃さを増し存在を強くしていった。

影:「さぁ、(おれ)俺(ぼく)を・・・」

悟にとってそれは自傷行為と言えるだろう。

影 悟:「殺してくれ!」


 

風がマスクと桜吹雪を乗せて通りすがって行った。

朱莉:「ねぇ・・・ちょっと、あの人・・・」

一同:「・・・?」

アキラ:「あの~・・・」

悟:「・・・」

アキラ:「大丈夫ですか?」

彼等が悟に声をかけてきた。それは抑揚の穏やかな語りかけるような穏やかな口調だった。

悟:「ぇ・・・?」

アキラ:「何か用でも?」

葵:「顔色悪くない?てか・・・」

悟:「え・・・?あ、あの、えと、こ、ここらへんで落とし物を・・・しました。」

咄嗟の嘘だった。

アキラ:「どんなですか?よかったら探しますよ。」

悟:(あれ?何で優しいんだ?)「あ、いや別に大した物じゃないので」

アキラ:「遠慮しなくていいっすよ。俺ら暇なんで。」

悟は拍子抜けしたような面食らったような変な気分だった。

悟:「スマホを・・・」

アキラ:「番号教えてもらったら鳴らしますよ?」

悟:「え、じゃぁ、お願いします。040ー6966ー9419です。」

アキラ:「かけますね~」

トゥルルルル トゥルルルル ルル

悟:「あっお騒がせしました!左の尻ポケットに入ってました。」

朱莉:「なんだ~ドジっ子ですね~」

悟:「いつもは右の前のポケットに入れているんで、つい、ははっ」

悟は普段から右の前のポケットにスマホを入れているのであるが、またも嘘をついた。

みどり:「あ~わかるかも。たまにありますよね~。」

葵:「みどりはほんとよくスマホ無くすよね。ドジ。」

アキラ:「ま、見つかってよかったやん。ははは。」

悟:「あ・・・あ~、そいじゃ僕これで。ほんと助かりました。すいませんでした。」

悟は足早に立ち去ろうとした。

彼等のリアクションが想定の範囲を全く外れていたことが呑み込めなかったため、どうしていいかわからず、結果逃走を選んだのである。

葵:「あ!ちょい待ちっ ちょっと、ちょっとそこで待っててくれませんか?」

悟:「あ・・・?はい。」


 

↓以下、一同揃ってのヒソヒソ話↓

葵:「ね、あのドジ男君なかなかイケメンだと思わない?」

みどり:「思った!」

アキラ:「俺、声聞くまで男か女かわかんなかったよ。」

朱莉:「私も一瞬わかんなかった。」

みどり:「綺麗だよね」

葵:「でさ、今日タカシもコウタも不在でメンバー足りないじゃん。そこにイケメン現るだよ?でさでさ、あのドジ男君に参加してもらわない?」

朱莉:「でた。葵の肉食!」

みどり:「本当?」

葵:「だってイケメンじゃん。どうせ4人じゃ盛り上がりに欠けるしさ、誘っちゃおうよイケメン君!」

アキラ:「集団逆ナン?」

朱莉:「でも確かに私もあのイケメン君ちょっと気になる。」

葵:「でしょ!多い方が上がるって!」

みどり:「うん。あの人が参加してくれたらテンション上がるかも。」

アキラ:「あ~ぁ。ハーレムかと思ったのにな。とりま、決まりだな。誘ってみよう!」

↑ヒソヒソ話以上↑


 

アキラ:「あ~の~う、もしよかったらなんですけどぉ俺たちこれからバーベキューなんですよ~。で、今日ちょっとメンバー足りなくって、んで、これもなんかの縁ってことで、もしお時間あったら俺らと一緒にバーベキューしません?」

悟:「え??僕が?」

アキラ:「そっす!あなたみたいな綺麗な人が入ってくれたら上がるって話してました!」

葵「綺麗だよね~名前なんて言うんですか?マジイケメンなんだもん仲良くなりたーい☆」

悟:「ぇ」

朱莉:「こっち自己紹介しないと怪しまれるって~」

アキラ:「あっそうだすんません。俺等は白鳥湖大学の音楽サークルの2年のもんです。」

みどり:「私だけこん中でボッチ社会人なんです。」

葵:「ねぇお願いイケメンさん入ってー☆」

みどり:「是非!」

悟:え!?

朱莉:「今日だけでも!」

悟:僕が??

葵:「彼女いる~?」

悟:綺麗???

アキラ:「葵、いきなり失礼だろ。」

悟:イケメン??

葵:「いいじゃ~ん」

アキラ:「あ、無理にとは言わないんで、忙しいとこいきなりすみません。」

悟:「いっ忙しくないです。暇です。それと僕、お腹空いてて・・・。バーベキュー食べさせてください。お願いします。」

きゃーきゃーと黄色い歓喜の叫びが飛び交った。

アキラ:「おっしゃ!イケメン君参加決まりましたー!!」

きゃ~~~~!!(歓喜)

こうして悟は白鳥の群れに歓迎され歓んで向かい入れられた。


 

<悟はもう、醜いアヒルの子ではありません>


 

葵:「ねぇ、私、蓮池葵。名前教えてよ!」

悟:「僕は白鳥悟です。」

葵:「悟君でいい?」

悟:「あ、はい。」

朱莉:「私、加藤朱莉。よろしく 今日は楽しも!」

みどり:「田草川みどりです。よろしくね。」

葵:「悟君、私にも番号教えてよ。また無くすかもしんないでしょ!スマホ」


 

<彼は、白鳥だったのです。>


 

朱莉:「あー!抜け駆け許さなーい。私にも番号教えてー!」

悟:「はい」

みどり:「・・・私も教えてほしいな・・・。」

悟:「じゃあ、みんなに教えますんで。」

葵:「LINEも教えてくんない?そのほが連絡簡単だし。」

悟:「あ、その僕、LINEとか全然やってなくて。」

葵:「え!?LINEやってない!?嘘っしょなんか傷付いた。あたしそんなにいや?」

悟:「いえあの、断ってるんじゃなくて、お金かかるかなって・・・知り合い少ないし。メールと電話出来れば十分かなって今まで・・・。」

みどり:「LINEはメールも電話も無料だよ?」

悟:「無料!?ぼっ僕LINEやります!今すぐインストールします!」

アキラ:「まさかSNSやってない系?」

悟:「はい。」

アキラ:「まじ!?何かあったの?」

悟:「いえ、別になんとなくです。機会が無かったっていうか。」

悟:「あの、僕の顔、醜い(ふつう)ですか?」

葵:「普通どころかイケメンだって!」

アキラ:「白鳥さんってイケメンだけど変わってますねー。」

アキラ:「てかさ、さっきから凄い気になってたんだけど、・・・何で裸足?」

悟「靴を履き忘れました。」

一同:「まじで!?どんだけドジなんすか!天然にも程ってもんがあるっしょ。ヤベまじウケる!!ぎゃははは」

それから連絡先を交換し合い、女の子率いるそのサークルからの誘いが頻繁になった。


 

<自分が白鳥だと気付いた彼はどんなに嬉しかったことでしょう。>

さて、「醜いアヒルの子」の話は、 本当は白鳥だった ということに気付いて終わります。けれどこの話、これで終わりでしょうか?

醜いアヒルの子であった白鳥は、自分が白鳥だと気づいてその後どうなったのでしょうか?

私はこう思います。


 


 

若者たちと知り合ってから、ようやく自分の美しさに気付き、悟の日常は一変して大きく変わった。

取り外して棚にしまってあった洗面台の鏡を取り付け直した。

SNSをやるようになった。

休日も引きこもらず若者たちとカラオケやらゲーセンやらに繰り出した。

ダーツ、カフェ、バーやクラブにも初めて行った。


 

葵:「ねーねー悟君、バーベキューの時さぁ夢中でガツガツ喰らってたから聞きそびれたんだけどさー、普段何やってるの?学生?」

サイゼリアで食事中、葵にこう聞かれた悟は言葉を濁そうとしたが結局正直に答えた。


 

話をちょっと遡る。

その日、悟はみどりさんから一緒に遊ぼうと誘われていた。その予定だった。しかし、葵さんも遊ぼうと誘ってきたため、決めかねた悟は、3人で遊ぼう と提案した。


 

↓以下LINEでの会話↓

葵:悟く~ん 明日2人で遊ぼ~(^^)

悟:明日、みどりさんと遊ぶことになっているので、よかったら3人で遊びませんか?

葵:もちのろん(^^)みどりも一緒ね。りょ。どこ待ち合わせ?

悟:新宿アルタ前13時です。

葵:りょかいです♪じゃ、明日~

↑LINEでの会話以上↑


 

葵:(ちっ・・・みどりの奴、たまにそういうとこあるんだよね。普段は大人しいふりしてるくせに、何なのちゃっかり。私が悟狙ってるの知ってるくせに。ムカつく・・・。)


 

かくして3人は新宿で遊んだ。

主にショッピング。否、悟の着せ替えで2人が盛り上がっていた。

火花を散らしながら。

みどり:「白鳥君てさ、いつもヨレヨレの服着てるでしょ~。でさ、実は今日は白鳥君の服を選んであげよっかなーって予定なの。もったいないんだもんそんな服じゃ。」

葵:「あー気になってた!無頓着すぎるよねー。今日は悟の改造計画実行だね!」

ZALAにて

「これは~?」「これとかどうよ?」「店員さんこれキープで」

GUにて

「いいわ~!」「こっちも着てみ」「カーデは必需品じゃない?」

「似合う!」「これとこれも着て!」

「うんうん!」

H&Mにて

「それじゃ悟君を活かしきれてないよー」

「やっぱアクセもつけて~」「これメンズでもありだと思う!」

「まずは着回しがきく方がいいと思う。これとか~」


 

2時間後。

みどり:「よし!」 葵:「おし!」

みどり:「これとこれとあれとあれで決まり!」

悟:「あ、あの・・・せっかく選んでもらって悪いんですけど、僕、あの・・・全然お金無くて。正直、交通費だけでもいっぱいいっぱいっていうか・・・。」

葵:「ぇまじ!?」

みどり:「じゃあ私が買ってあげる!!」

葵:「は!?」

悟:「とんでもないです!いいです僕のことは。今日色々着せてもらっただけでもとっても楽しかったです。」

みどり:「言い出したの私だもん!悟君に着てもらいたいの!私が買う!お返しとか心配しないで。私の自己満だから!」

悟:「は、はい。」

葵:「・・・。」(みどり何考えてんだよ。てか服も買うお金ないとかどういうこと?)

洋服を4着お買い上げのあと、3人は小腹が空いたのでサイゼリアに入った。サイゼなら安いだろうと悟に気を使ってのことだ。結局悟は何も注文しなかったのだけれど。


 


 

サイゼリアにて葵が切り出した。

葵「ねーねー悟君、バーベキューの時さぁ、夢中でガツガツ喰らってたから聞きそびれたんだけどさ、普段何やってんの?学生?だいぶ遊んできたし、そろそろ教えてくれたっていんじゃない?」

悟:「・・・僕、実はその、中卒でして。学歴とかも無いし。家出だし。

バイトで何とか食いつないでるんです。」

みどり:「白鳥君、そうだったんだ。」

葵:「・・・へぇ。」


 

↓以下女子会にて葵の愚痴↓

葵:「てなわけでさー悟の奴フリーターだったの。マジ冷めたわぁ。でさーさらに、みどりの奴が 私、白鳥君のこともっと知りたいー とか

困ってたら、私出来ることなんでもするー とか言い出してさー。

てかぶっちゃけ悟ってさぁ、顔こそイケメンだからギリ許してこれたけどさぁ、天然過ぎてしょっちゅうムカつくんだよねー。カラオケもほとんどジブリくらいしか歌えないし、は~あ。失望ショッキングピーポー。

やっぱダメ男だよあいつ。顔だけイケメン。騙されないうちに気付いてよかったわ。悟にはダメンズのみどりがお似合いね。

↑女子会にて葵の愚痴以上↑


 

↓以下LINEでの会話↓

葵:悟~今度の土曜デートしない?

悟:デート?

葵:ただ2人で遊ぶってこと。原宿の竹下口集合13:00

悟:わかりました~

↑LINEでの会話以上↑


 

表参道を歩きながら

葵:「あ~悟連れて歩くのマジ楽し~!!」

悟:「あ、あの~」

葵:「ん?」

悟:「2人で遊ぶのと、デートって同じなんですか?」

葵:(竹下で悟におごりまくって私は思った)「・・・バカ?デートなわけないじゃん。」(やっぱ、私はみどりみたいには成れないし。)

悟:「え?でもデートって」

葵:「デートごっこ☆ただ連れて歩くの楽しいだけ。(ちょっとでも惚れたのが)あんたなんかと付き合いたいとか、思うわけないでしょ♪(悔しかった)悟ってさ、ほんと顔だけなんだもん。デートだの恋愛だのありえない。(私は自分が大事なんだ)ま、楽しませてよデートごっこ!今日は全部私がおごってあげてるでしょ?(私、何みどりと張り合ってたんだろう。)」

悟:「は、はい・・・。」

葵:「ね、みどりのことどう思う?」

葵:「な~に、ふてくされて。友達でしょ?ごっこ遊びくらい付き合ってよ~。」

悟:「(僕は、顔だけ?)みどりさんは優しくて素敵な人です。」

葵:「ふ~ん。」


 

<悟は確かに白鳥でした。しかし、顔だけだったのです。>


 

それ以来、葵からの誘いは無くなった。

みんなで集まって遊ぶ時は会う。

でも2人で会うことはなくなった。

代わってその分、みどりと二人で会う機会が増えた。

ある日、悟はみどりに聞いた。

悟:「みどりさん、僕って顔だけですか?」

みどり:「そんなことないよ!白鳥君はピュアなんだよ!」

みどりはそう答えた。

悟はいつの間にかみどりとの予定を最優先するようになった。

みどりは悟の話をよく聞いてくれた初めての人になった。

みどり:「白鳥君のこともっと教えて!」

悟は、何故か母に嫌われてしまったこと、おばあさんちに預けられていたこと、醜いと思い込んでいたこと、ひきこもったこと、家出したこと、

中卒のこと、ホームレスになりかけたこと、工事現場で過ごしたこと、2年無職の期間があること、頭痛が酷く体調が悪いこと、体調面を考慮すると少ししか働けないこと、もうお金が無いこと、友達が出来たのは初めてだったこと。

いつの間にか全て話していた。

みどり:「白鳥君、話すの辛かった?話してくれてありがとね。」

悟:「いえ、辛くないです。むしろ逆です。あの、僕、みどりさんにお願いしたいことがあります。」

みどり:「ん。何でも言って。」

悟:「みどりさんのこと教えてください。それと・・・出来れば僕のこと、下の名前で呼んで下さい。」

みどり「ふふっわかった悟君。私の話、聞いてくれる?」

悟:「はい!お願いします」

みどり:「重いよ~(笑)」

悟:「どんとこいです!」

みどり:「あのねー私が中二の頃、両親が離婚してシングルファザー!

で、家事とかめっちゃ大変だったの。昔は病んだねー。なんか私、変な癖付いちゃってさ、ボランティア的な?私って何のためにいるんだろうって哲学しまくってて、とにかく募金箱見付けたら入れまくるようになっちゃった。でね、考えたんだけど、人助けるのもいい気分だけどさ、お父さん助けるのが一番かなって思って。大学行かずにすぐ就職して、とにかく自立して、お父さんに 元気してるよー って連絡してる。あはっ話してみたら案外短いや(笑)」

悟:「みどりさん、尊敬します。」

みどり:「これからちょっとづつ時間かけて、お互いのこと知れたらいいなーって私思うの。あっなんか恥ずかしいこと言ったかも。ゴメン」

悟:「僕、ここまで自分のこと話せたのも、人の話こんなに聞いたのも初めてです。この人のこともっと知れたらいいなって思ったのも初めてです。不思議です。」

みどり:「私も不思議なの。なんか悟君といると、私、変だもん。」


 

それからは週末に会うだけでなく、頻繁に2人でLINEでもやり取りするようになった。着実に距離が縮まっている。何気ないやり取りだ。

ほかの若者からのグループトークも頻繁だが、正直、ちょっと付き合いに疲れてきた。

悟は何か、今までの景色、音楽、全てが同じものでありながら、全く違うものに色付いていくような感覚だった。

もはやひきこもりの影は全くない。暇さえあれば、みどりや若者たちと遊び明かした。体調も気にせずに。


 

お金は無い。遊んだ分はパン耳生活になるので、体調も日増しに悪くなってゆく。

働きながら遊び、本当の休日はほとんど無くなっていった。


 

そしてついに本格的に体調を崩した。


 

しかしバイトは休めない。

みどりや友達と繋がっていたい。そのためにはお金が必要。

悟は無理をした。


 

風邪がもう2週間は治らない状態だった。

完全にこじらせた。


 

そしてついに1日無断欠勤。

そのまま治らず、4日間欠勤していたらバイトをクビになった。


 

キンコーン♪

↓以下LINEでの会話↓

みどり:悟君、明後日空いてる?

悟:僕はもうダメです

みどり:え?どうしたの?

悟:もう生きてゆけません

みどり:大丈夫?何かあったの?

悟:僕は白鳥失格です

↑LINEでの会話以上↑


 

みどり硬直。


 

トゥルルルル トゥルルルル

↓以下電話での会話↓

みどり:「悟君!?どうしたの!?!」

悟:「風邪をひいてバイトをクビになりました。」

みどり:「えぇ!?」

悟:「もう僕はダメなんです。白鳥失格です。もう生きてゆけません。今まで遊んでくれてありがとう。さようなら。」

みどり:「え!??ちょっと!悟君!?」

電話の向こうからダダッという物音がしたかと思うと、悟の嗚咽が聞こえてきた。

悟:「ゲホッゲホッおえぇぇえぇゲホッ」

みどり:「仕事あとちょっとで終わるから、家行くから位置情報教えて!」

悟:「うつすと悪いので・・・ゲフッ無理です・・・。」

悟:「ぅゔっ・・」

ボッというスマホを落としたような音がした。

みどり:「悟くーん!!悟くーん!!!」

悟:意識消失

みどり:「お願いだから住所教えて!悟くーん!!聞こえてる!?聞こえてるの!?今行くから待ってて!」

↑電話での会話以上↑

↓以下LINEでの会話↓

みどり:誰か悟くんちの住所教えて!緊急!

アキラ:清澄白鳥2-6-2-201

アキラ:でもなんで?どしたの?

みどり:風邪ひいて何か死にかけてるから看に行く!

アキラ:みどちん献身( ´∀` )好きだもんねーがんばてぃ~

↑LINEでの会話以上↑


 

かくしてみどりはタクシーに飛び乗り、悟の住所のもとへ急いだ。

到着するなりダッシュで駆け上がり、インターホンを連打した。

ピンポーン

 ピンポーン

みどり:「悟君!!悟君ドア開けてー!!」

返事は無い。焦燥感にかられたみどりは思わず借金取りさながらドアをノックしてみた。

ドンッドンッ

 ピンポーン

みどり:「悟くーん!!」


 

ガチャ。


 

ドアが開いた。

みどり:「あっ悟君!?来たよ!!大丈・・・

そこには鍵だけ開けて玄関でバッタリ倒れ込む悟の死体、否姿があった。

意識は無い。

みどり:「悟くーーーーーん!!!?!」


 

救急車:ピーポー パーポー


 

搬送先の病院で

医師:「風邪による脱水症状ですね~。今日は点滴しておいたので明日の朝には大丈夫でしょう。紹介状書いておいたので、お近くの病院を受診なさって下さい。」

みどり:「悟君」

悟:「すいません。みどりさん。」

みどり:「私、朝になったら悟君を家まで付き添ってから仕事行くから。」

悟:「大丈夫です。一人で帰れます。」

みどり:「大丈夫じゃないって。私、付き添うからね。」


 

そして朝

付き添って家に行ってみると・・・

電気水道の督促状

明らかに使われていないキレイすぎるキッチン

調味料だけしか入っていない冷蔵庫

炊飯器が無い

コンビニ飯を食ったっぽいレジ袋の山

物が少なすぎて片付いて見える

まだまだ死にそうな悟君。

みどり:「私、食糧買ってまた来るから安心して寝ててね。」

悟を布団に入れた後、仕事に行ったが心配過ぎて捗らなかった。

みどりはせめて食料だけ買って大急ぎで再び悟の家を訪れた。

みどり:「病院行ってきた?薬もらった?食糧買ってきたからね」

悟:「僕もうダメなんです。やっぱり醜いアヒルの子なんです。」

みどり:「病気してるからって弱気になりすぎだよ~しっかり~。それにしても自炊もしてないでしょ。良くないよ~」

悟:「パン耳貰ってるんで、いいんですご飯は。」

みどり:「パン耳?」

悟:「はい。パン屋でパン耳貰うのタダなんです。」

みどり:「へぇ(ダメだこの子!)・・・。とにかく休まないと!私しばらく悟君ちに泊まるよ!」


 

それからみどりは、休日をとって悟を医者に連れて行ったり、体温計を買ったり、冷えピタを買ったり、氷枕を買ったり、料理を作って与えたり、献身的に看病をし一週間が経った。

が、悟は弱気になってゆくばかりだった。

悟:「もう動けません・・・もう僕生きてゆけないです。看病してくれてるみどりさんには申し訳ないけど、もうダメです。実家にも戻れないし、生活できないです。やっぱりのたれ死ぬ運命なんです。僕は、醜いアヒルの子なんですううぅぅぅぅうわあぁぁぁぁぁぁあんっ!!」

阿鼻叫喚で泣き崩れる悟を見て、みどりはしばらく考えた。

けどやっぱり、

みどり:「・・・あのさ、悟君。私んちに来ない?」

放っておけませんでした。

悟:「へ?」

みどり:「悟君はずっと一人で頑張ってきたんでしょ。もう少し誰かに甘えてもいいんじゃない?私でよかったら甘えさせてあげるよ!」


 

悟はみどりの足に抱き付いて、 グスン と言った。


 

かくして同棲が始まった。


 

↓以下社内食堂での会話↓

同僚:「悟君と同棲!?無職!?それヒモじゃん!悟っち何だか情けないとは思ってたけど、そこまでだとは・・・別れた方がいいよ~。」

みどり:「悟君はヒモじゃないもん!確かに養ってるけど、それは今、悟君の充電期間なの!今は弱ってるだけ!!」

同僚:「まぁ、ああいうのに母性感じちゃうのはわからなくないけどさー、尽くし過ぎてダメにしちゃうタイプじゃん、みどりって。気を付けてね~。」

↑社内食堂での会話以上↑


 

同棲を始めてからの悟の様子は下記の通りである。

1日目~10日目 何もしない

11日目~13日目 日がな一日「恥の多い生涯を送ってき・・・」とか壁に向かってブツブツと話し掛ける。

14日目~20日目 永遠とオルゴールを鳴らす

21日目~23日目 ひたすらリリアン

24日目 家事宣言


 

悟は家事をすることで後ろめたい気持ちを紛らわそうとした。

が、お米を洗剤で洗ったり、パソコンを水洗いしたり、酷いもんだった。

それでもみどりは献身的だった。

それが返って悟の心に響いた。


 

悟:(自分も何かみどりさんにお返しがしたい。それにこれじゃ、おばあさんちにいたころと同じじゃないか!)


 

次の日の朝

みどり:「おはよ。あれ、今日はよく食べるね。」


 

以降、求人を探すようになった悟であったが・・・。

コンビニでタウンワークを見て立ち眩む始末。


 

↓以下社内食堂での会話↓

みどり:「あのねー最近悟君元気になってきたの!」

同僚:「んん。」

みどり:「毎日お風呂にも入ってるし、食欲増したし、野菜も食べるの!ゴミの分別も覚えたし、寝てばっかりじゃなくて起きてるし!えらいでしょ!」

同僚「・・・うん。よかったじゃん。で、起きて何してるの?」

みどり:「リリアンとか、オルゴールとか?」

同僚:「それ何もしてないじゃん!あのさ~もう一ケ月でしょ~。どうなのそれ~。求人探してる?」

みどり:「・・・ぅぅん」

同僚:「完っ全にダメダメヒモ男まっしぐらじゃん。いつもみどりは悟君のため悟君のためって言ってるけどさー、それ自己満じゃない?」

同僚:「本っ当に悟君のためを思うならビシッと言ってやんなよ~。嫌われるかも~とかわかるけどさ~尽くし方履き違えてるよみどりって」

みどり:「う、うん。」

↑社内食堂での会話以上↑


 

帰宅の道のりを歩いている時、みどりは決心した。

みどり:(そうだ、本当に悟君のためを思うなら、今日はビシッと言ってあげるんだ!ここは心を鬼にして厳しく!)


 

みどり:「悟く~ん、ただいま~。コロッケ買ってきたよ~・・・ところでなんだけど~ちょっと、話が・・・


 

悟:しくしくしくしくしく

そこには履歴書を何枚か広げた机に突っ伏して泣いている悟の姿があった。

みどり:「悟君!?どうしたの!?もしかして仕事探してたの!?」

みどりは悟の身体をゆさゆさと揺すった。

みどり:「面接で何か言われたの!?遅刻したとか!?悟君!?」

悟:「字が、」それは蚊の鳴くような声だった。

みどり:「字?」

悟:「字が・・・キレイに書けません。中卒だし、バイトしかしたことないし、こんなんじゃ・・・こんなんじゃ・・・まともな仕事なんかありません・・・うっ」

みどりはハッとした。

みどり:(本当に悟君のことを思うなら心を鬼に!)

みどり:「男が簡単に泣かないの!!」

悟:「は、はい。」

そう言う悟は小刻みにフルフルと震えていた。

みどり:(悟君が頑張ってる!!)

みどり:「よし!悟君偉い!!がんばったよ!履歴書は私が書いてあげる!面接も一緒に行ってあげるから!頑張ろうね!」


 

↓以下社内食堂での会話↓

みどり:「静香聞いて!悟君頑張ってたの!仕事探してた!ダメ男じゃないの!」

同僚:「おっおう。」

みどり:「やっぱりとっても頑張ってたのよ!ヒモじゃないのよ!だから私、全力で応援したげる!」

同僚:「うん。それはいいじゃん」

みどり:「履歴書も書いてあげたし、面接だって一緒に行ってあげる予定!」

同僚:「・・・(ダメだこりゃ)・・・」

↑社内食堂での会話以上↑


 

それから一ケ月。

当然、仕事は見付かりませんでした。


 

電話:「今回はご縁が無かったということで。」

悟:「はい。」

電話:ツー ツー ツー

悟:「はぁ。」


 

気分が滅入るので、悟は公園に行ったり、求人求めて街を歩いたりしていた。

そうして歌舞伎町にたどり着いた。


 

‘クラブ ブラックスワン’

悟はあるホストクラブの看板を凝視していた。

こういうのを考えていなかったわけじゃない。ただ何となく避けていた。

でも、どうしても

悟:(みどりさんにお返しがしたい)

ここなら学歴不問。ここしかない!

悟は飛び込むと威勢よく頭を下げこう叫んだ。

悟:「働かせて下さい!ダメでしたら、宜しければ何処か紹介とかお願いします!あっあの働かせて下さい!!」


 

こうして悟は、ホストの世界へ足を踏み入れたのである。


 

悟:ちょっと今日、遅くなります。

みどりにそうLINEで連絡を入れておいた。


 

悟:「ただいま~」

みどり:「本当に遅かったじゃん、どこ行ってたの?」

悟:「みどりさん、仕事、決まったよ!」

みどり:「え!?どこ?」

悟:「・・・や、夜間の警備員。」

みどり:「おめでとー!!ケーキ買ってくるね!就職祝いだーー!!!きゃーーーー!!!!」

みどり:「やっぱり悟君はやれば出来る!偉いぞ悟~!!」

悟:「みどりさんのおかげです。」

何となく、ホストになったと言えない悟であった。


 


 

最初の一週間は日払いで働いた。源氏名は白夜に決まった。

最初の頃は、自分がどれだけ飲めるかわからず、よく失敗した。

トークが下手なことを悟はたいへん気にしていた。

けれど、確かに話下手ではあったが、実は悟はかなりの聞き上手だった。

何故か客は、悟の前では本音が話せるのだ。

悟はアドバイスが出来るわけではない。

けれど、どんな話も真剣に誠実に聞いた。

そんな悟の態度は特に、疲れたОLやプライベートで来たキャバ嬢に人気が出ていった。

客:「白夜君って何かゆっくり飲めて癒し系~」

人の客を取ったりもしないし、無理にお酒を勧めない。淡々と粛々と、それでいて虎視眈々と熟す。

ゆっくり地道ではあったが、人気は上がっていった。

ホスト仲間も思っていたほど怖い人たちではなかった。

厳つい顔をして店内を睨み付ける黒服でさえ、本当は気立てのいい優しいお兄さんだったりしたのだ。

でも、それ以上に問題はみどりとの仲だった。

確かに生活費は払えるようになった。

が、

みどりは昼間働き、悟は夜に働く。

2人は同棲しているのにほとんど顔を合わすこともなくなり、同じ屋根の下で別居しているようだった。

それでも2人は別れることは無かった。

悟の出勤前には必ず、みどりの手作りお弁当が机に置いてあった。

悟が疲れて帰ってきた後も、作り置きしてくれた料理が机にあった。

しかし、悟が急に美容院へ通いだしたこと。

香水の残り香。

みどりは直ぐに勘付いていた。


 

ある日、お弁当を開けると手紙が入っていた。

「悟君、何か私に隠してる?お仕事頑張ってね。 みどり」


 

その日、悟は帰ってから眠らなかった。

仕事服のままで朝を待った。

みどりが6:30に起きると

悟:「みどりさん!隠しててごめんなさい!僕、警備員じゃないんです

このとおりです!ホストなんです!!」

土下座した。

みどり:「おはよ。知ってたよ。頑張ってるんだよね。」

悟:「怒らないんですか?何ならホスト辞めますし・・・」

みどり:「みどりはそんな女じゃありません☆悟君、ちゃんと寝ておかないと今日の仕事捗らないよ。」

みどりは笑顔だった。

悟:「みどりさん・・・こんな僕を・・・うぐっ」

みどり:「こら泣かない~私も仕事遅れちゃう~」

悟:「すいませんでしたあぁぁぁあぁ~」号泣

みどりはいつもと変わらぬ笑顔で仕事へ行った。

みどり:「行ってきま~す。おやすみ~」


 

それからは、益々仕事に精が出た。

客:「何か白夜君、今日テンション高ーい!おもしろーい!」

今まで何となくやっていなかったドンペリコールにも参加するようになった。スマホも2台持った。アフターはしないけどお客さんに最後まで付き合った。

そして1年目にして人気№1にまで上りつめた。

仕事は順風満帆。お酒はおいしいし、自分に自信がついた。

でも、みどりさんのことがいつも気がかりだった。

悟:(お客さんじゃなくて、たまにはみどりさんと話したいな)


 

そしてある日。

悟:「オーナー、頼みたいことがあるのですが。」

オーナー:「おう」

悟:「今度のゴールデンウィーク休ませてください!」

オーナー:「ゴールデンウィークは困るよ~」

悟:「彼女とたまには長く話したり出掛けたりしたいんです。今生きているのも彼女のおかげなんです。お返しに喜ばせてあげたいんです!」

オーナー:「ん~・・・君には助かってるからね。まぁ少しかかるけど派遣ホスト頼むか。」

悟:「ありがとうございます!」

オーナー:「彼女とゴールデンウィーク楽しめよ~」

悟:「はい!」


 

そしてゴールデンウィークがやってきた。

ショッピングに行ったり、温泉に行ったり、水族館に行ったり、遊園地に行ったり。

もちろん悟のおごりでだ。ショッピングではみどりさんに服も買ってあげた。

遊園地で歩いている時、みどりが何となく言った。

みどり:「ねぇ、もしかして私達、まともなカップルに見えるかな?」

悟:「え?カップルじゃないの?」

みどり:「悟君、私達、告白してないんだけど・・・」


 

悟:(あ!!)


 

悟:「今すぐ観覧車乗りましょう!てっぺんで告白します!」

みどり:「うん!頑張って!」

かくして2人はゴンドラに乗った。

ゆっくりと上昇してゆく。

悟:「・・・。」

悟:「・・・あの~・・・」

ゴンドラは中半あたりに差し掛かった。

悟:「僕、フラれますか?」

みどり:「フラれないよ!頑張って」

みどり:「ほらもうちょっとでてっぺんだよ!」

そしてゴンドラはてっぺんに達した。

悟はスクッと立ち上がると

悟:「好きです!!」

と叫んだ。

みどり:「私も!!」

悟:「ゔっ・・・ぐすっ」

みどり:「泣かないの~コラコラ~」

悟:「みどりさーん ぐすっ」

と、いう具合で暫しイチャイチャした2人だった。


 

そんなこんなでゴールデンウィークが終わり、ホストクラブへ戻った悟であったが、

しかし、そこには

オーナー:「あっ白夜君。ゴールデンウィーク中に彼に派遣で来てもらってたんだ。黒城君だ。派遣だったんだけど、やる気があって筋がいいから、ここで正式に働いてもらうことにしたよ。2人とも、仲良く頼むよ!」

黒城:「黒城です。よろしく。」

悟:「白夜です。空きを埋めてもらい助かりました。よろしく。」

黒城君が来ていたのだ。

悟:黒城君は僕とは正反対だった。話し上手、盛り上げ上手、甘え上手。

嘘も本当のように話す。アフターもする。とにかく手段を択ばず、なんでもできる。歌も上手い。 女は金だ が座右の銘。プライベートでさえ仕事に利用する。黒城君が来て一ケ月。お店の雰囲気はずいぶん変わったと思う。僕はそれを薄ら寒い気持ちで遠くから見ていただけだった。否な予感がずっとしてた。


 

↓以下休憩室での会話↓

黒城:「なぁ、狂雨。俺さぁ、七月姫ちゃんのこと本気なんだ。」

狂雨:「おいおい黒城、おまえいつも 女は金だー! とか、女の子みんなに 本気なんだよねー とか言ってるじゃねえかよ。俺騙されねえぞ。それに七月姫ちゃんならガッツリおまえの客じゃねえかよ。」

黒城:「ああそうだ。そうなんだけどよ。たまに言うんだ七月姫ちゃん   

今日は白夜君と話がある って。」

狂雨:「ああ。まぁたまにな。俺の客もそうだぜ。」

黒城:「俺とは遊びなんだ・・・七月姫ちゃん・・・。七月姫ちゃんは俺の客なのに。それに白夜の奴、女と同棲してること隠してやがる。セコくね?白夜(あいつ)マジ邪魔。」

狂雨:「こぇ~~~・・・」

↑休憩室での会話以上↑


 

黒城が来てから何かが変わり始めた。


 

ある日、悟が客と話していると。

黒城:「おっじゃまっしまーす。愛美ちん可愛いから話したくなっちゃったー!」

黒城:「な、愛美ちゃん知ってる?白夜、女と同棲してるんだぜ?」

愛美:「え!?」

悟:「え・・・あっまぁ うん。そうなんだ。言ってなかったですね。ごめんね。でもあまり上手くいってなくて、別れたいんだけどっていうか・・・はは」

悟:僕は初めて本気のウソをついた

愛美:「じゃあ愛美と付き合おうよ~♪」


 

以来、 ホストなんだからウソは日常なんだ そう言い聞かせていた。

↓以下帰りの休憩室にて↓

黒城:「おい白夜」

悟:「あ、黒城さん。何です?」

黒城:「おまえの身の上、聞いたぜ。みんな同情してるな。でも、俺は違うぞ。俺はな、赤ん坊の頃に虐待されて施設で育ったんだよ。まぁ、赤ん坊の時だから何されてたかなんて知らねーし、知ろうとも思わねーけどな。親いない?中卒?家出?ホームレス?そんなんベラベラ話して同情かいやがって、おまえみたいなのが一番ムカつくんだよ!俺は一切おまえに同情しないからな!!」

悟:「・・・」

↑帰りの休憩室にて以上↑


 

それからものの一ケ月で黒城は人気№1になった。

悟:本当はわかってた。僕はホストには向いていないってこと。みんなが優しかったのは、同情してくれていただけだっていうこと。僕みたいなのが5年もホストを続けられたのは、みんなのおかげ。最初っから性に合わないのは知ってた。本当にホストに向いている人、真のホストっていうのは、たぶん、黒城君みたいな人のことを言うんだろう。ここにいるべきは、僕じゃない。そろそろ潮時かな。


 

そうして悟はホストを辞めた。


 

一ケ月後

ホストを辞めた悟は、平日の昼間っから、カフェや飲食店、居酒屋、スナック、バーなどを飲み歩く日々を送っていた。

家に帰ってからも様々なお酒を煽る日々。

みどりは心配でたまらなかった。

みどり:「ねえ悟君、私、相談とか何時でものるからね。」

悟:「飲みすぎました・・・オェェ」


 

しかし悟は自暴自棄になったわけではなかったのである。


 

一ケ月前

悟:「みどりさん、僕、ホスト辞めました。」

みどり:「えぇ!?」

悟:「やりたいことが出来たんです。僕、ホストやってて、お酒が好きになりました。で、お店開きたいんです。自分の。だからしばらく勉強でいろんなお店を飲み歩いてみます。それで、準備出来たら、自分のお店を開きたいんです。ホストで貯めたこのお金、開店資金に使おうと思います。上手く行くかわからないけど、いいですか?」

みどり:「そっか!うん。頑張って!」


 

以来、飲み歩いている。

様々な店を飲み歩いたが、コンセプトは定まらない。

飲みながら時々、思いにふける。

悟:(5年間のホスト生活、いろいろあったけど楽しかったな。

送別会までしてくれて、嬉しかったな・・・。)


 

↓以下送別会の追想↓

オーナー:「おはようございます。今日は大事な発表があります。白夜君が今日付けで退職することになりました。」

ホストクラブはざわざわとどよめいた。

時雨:「え!?おまえこれからどうするんだよ」

狂雨:「まだぜんぜんいけるじゃん、まだ26だろ!?現役じゃん!」

悟:「ちょっとやりたいことが出来たんです。小さくてもいいから自分の店を持ちたいんです。5年分の貯金もけっこうあるし、勉強もしないとだし、辞めます。みんなには本当にお世話になりました。今日いきなり報告することになってしまったのはごめんなさい。でも、これが僕なりの店への配慮です。開店出来たらFacebookとかで知らせますんで、よかったら来てください!」

椿兄さん:「そうか・・・」

椿兄さん:「よーし!今夜は白夜の送別会だー!!」

送別会は盛大に行われた。

ホストクラブには急なお客のカミングアウトに備えて常にパーティー雑貨が取り揃えてあるのである。

そこのあたりは用意周到、準備万端、問題無である。

オーナー:「おまえが初めて来たときさぁ~びっくりしたよ~裸一貫で飛び込みとかドラマかよ~。それがこうなるなんてな。」

悟はちょっと涙ぐんだ。

菖蒲:「勉強ってどうすんのさ」

悟:「とりあえずいろんな店を見学します。」

オーナー:「頑張れよークラブ・ブラックスワンが総出で応援するからよー!」

時雨:「おいおい泣くなよ~」

狂雨:「泣き上戸も治しとけよ~」

↑送別会の追想以上↑


 

送別会の日のことを思い出すと頑張れるのだった。

悟:(よし、頑張るぞ)


 

図書館へ行ったり、書店で経営の本を買ったり、とにかく勉強した。

みどり:「悟君、ちょっとやり過ぎじゃない?身体もたないよ。」

悟:(僕はあの日)

((母さん:「振り返らずに走るのよ。ずっとずっと遠くへ。あんたなんてうちの子じゃないよ!))

悟:(決めたんだ)

悟:(振り返らずに走るって。)

悟:(みどりさんのためにも失敗は出来ない。)

悟:(走るんだ。僕は何処までも。)


 

悟:「大丈夫。僕、絶対成功して見せるから。それに僕にはみどりさんがいるから大丈夫。」

みどり:「う、うん。でも、ほどほどにね。」


 

知れば知るほどお酒は魅力的だった。

それぞれに個性や歴史、文化、意味があり、比べることのできない特徴でそれぞれが成立している。さらにそれらを混ぜることで新たな味覚の小宇宙が生まれ、飲む人の口の中から心まで広がってゆく。お酒は時に人の心を裸にし、人の心やひいては人生まで露わにする。

僕はそんなお酒で生きてゆきたい。

そんなお店にしたい。


 

それから半年。

錦糸町に‘BarSWAN’が開店した。店内は趣味のオルゴールやアクアリウム、アンティーク雑貨で飾られ情緒がある。

Facebookで公開後、昔のホスト仲間が来たり、追っかけのお客さんが来たりして口コミで輪が広がり、コアな客も出来、お店は半年で軌道に乗った。

黒城君がお店に来た時、悟はびっくりした。

七月姫ちゃんと上手くいっているようだった。

黒城君が来てから数日後のある日、悟が店の話をしていると、みどりが言った。

みどり:「すっかりバーテンダーだね悟君。」


 

ある休みの日、悟は貸し切りでみどりさんを店に招いた。

日も暮れ、店内を照らすのはどこか怪しげなアンティークの照明のみである。BGMはオルゴールだ。

ドタッ 悟は突然膝をついた。

みどり:「えっ悟君どうしたの!?」

悟:「あの みどりさん・・・僕と、僕と、

そう言いながら悟はポケットから青い小箱を取り出し、みどりに向けてパカッと開けようとしたが、向きが逆だったので慌てて直し、パカッと開けれたはいいが、今度は力み過ぎて中に入っていたおそらく指輪がピンッと音を立て落ちてしまった。

慌てふためいて指輪を拾うと小箱に入れ直し、改めてみどりに向けて差し出した。

悟:「・・・結婚してください!!」

小箱の中にはかなり小粒ではあったが、確かに真珠の指輪があった。

開店資金にほとんど注ぎ込んで、それなりのダイヤは無理だったのだ。

みどり:「・・・ぐすっ」

みどりは感涙した。

みどりが初めて見せた涙だった。

なので悟は動揺した。それでなくても気が気じゃないのに。

悟:「え!?みどりさん!??!」

みどり:「さとるくん、えらいっえらいよおぉぉぉお!!もちろんよおぉおぉおおぉおっぉお!結婚しよおぉぉぉ!!」


 

それからみどりは寿退社をした。

そして悟と一緒にバーを切り盛りするようになった。


 


 

BarSWANでの再会

みどり:「いらっしゃいませ。」

初老の婦人:「あの、素敵な店ですね。」

悟:「いえ、ありがとうございます。ようやく経営が軌道に乗りまして。」

初老の婦人:「苦労なさったんですね。」

そう言って初老の婦人はカウンターに腰かけた。

初老の婦人:「こんなおばちゃんが、こんなお店に来るなんて珍しいでしょう。初めて東京に来たからめいっぱいおしゃれしてきたんだけど、やっぱり田舎臭いわよね。恥ずかしくって。一杯頂いたらすぐにお暇するわ。」

悟:「確かに珍しいです。ですが女性は年齢ではありません。あなたのような女性にお越し頂けて光栄ですよ。」

初老の婦人:「ま!嬉しいこと言ってくれるのね」

悟:「どのようなお酒をお望みでしょうか?」

初老の婦人:「迷っちゃうわね。こんなにあるなんて外からじゃわからなかったから、いえ、たくさんあるのは看板でわかってたんだけど、予想以上ねぇ。実はこのお店に入りたくて何度か足を運んだんだけど出入りしてるのは若い人ばかりで中々入れなくて、でも今日はたまたま空いてるみたいだから、思い切って入ってみたの。」

悟:「冒険心を忘れないのはお若い証ですよ。でもここはそう気負うような店ではありませんよ。気軽に入って下さい。バー自体あまり入ったことがおありでないのでしたら飲みやすいカクテルなんかがよろしいですかね?」

初老の婦人:「私がなんでそこまでここに来たかったのか聞いてくださる?」

悟:「ええ。喜んで。存分に話してください。お話はお酒を美味しくさせます。」

初老の婦人:「実はね、私、昔、子供を失くしたの。」

初老の婦人は改まって姿勢を直した。

初老の婦人:「その子の名前は、白鳥悟。あなたと同じ名前よ。」

悟:「!」

ほんの瞬時、悟の動きが止まったが、すぐに元のように流調に作業を進めた。

悟:「そうでらしたか。確かに私は白鳥悟です。しかし私には母はおりませんので。」

((お母さん:「あんたなんてうちの子じゃないよ!!」))

初老の婦人:(あんなこと言っといて、今更私は)「あ・・・ごめんなさい!この歳になるとついね。すぐに帰ります。」

初老の婦人は言うなり席を立ち出口に向かった。いてもたってもいられないようだった。

悟:「お待ち下さい!丁度今しばた、あなたのために思いついたカクテルがあります。飲んでいただけないでしょうか?」

悟の口調は厳格に気迫があり、しかし優しい丁寧な声だった。

初老の婦人:「・・・ええ。」

初老の婦人はあまりの気迫に押され席に座り直し、悟はカクテルを作る準備を手慣れた様子で始めた。

カクテルを作りながら悟は語りかけた。

悟:「 醜いアヒルの子 という童話をご存知でしょうか?アヒルの親子の中に一匹だけ醜い子がいて、虐められ、仲間外れにされ、ついには母にも見捨てられる。何処へ行っても居場所は無い。しかし、大人になってみると実は美しい白鳥だった。という、そういう話です。話は白鳥であることに気付いたところで終わってしまいます。ですが、私はこの話には続きがあると思うんですよ。」

初老の婦人:「続き?」

悟:「きっとその後、白鳥は母さんアヒルと再会します。『僕は今、元気です。心配事もあるけど愛する人がいるので大丈夫です。』と、伝えたことでしょう。母に今の姿を見てもらった白鳥はどんなに嬉しかったことでしょう。めでたしめでたし。・・・まぁ、僕の作った話ですけどね。ははっ」

悟:「さ、どうぞお飲みください。 醜いアヒルの子 です。」

そう言うと出来上がったカクテルを差し出した。

初老の婦人:(目頭が熱い・・・)

初老の婦人:「これが醜いアヒルの子?真っ白い雪みたいだわ。綺麗ね」。

そして一口、口に含んだ。

初老の婦人:「美味しい。」

婦人はだんだん、見える景色が滲んできた。それは目に涙が溜まってきたためだ。

初老の婦人:「あの子はねぇ、あの子はねぇ、お酒で生まれたのよ。それが、それが、・・(図らずしもお酒で生きてゆく道を選ぶなんて)」

また一口含む。

また一口。また一口。

初老の婦人:「美味しいです。本当に綺麗で美味しいです。」

初老の婦人:「きっとアヒルのお母さんもとっても嬉しいと思ってるわ!」

婦人は自分がぼろぼろと泣いていることにようやく気付いた。

悟「お好きなだけ泣いていって下さい」

婦人はぼろぼろぼろぼろと泣いた。

ハンカチに重みを感じるほどに。


 


 

そしてようやくおさまったかと思うと、さっきまで泣いていたのが嘘のように穏やかな微笑みを浮かべこう言った。

初老の婦人:「それじゃ、お店頑張って下さいね」

そうして婦人は席を立った。

悟:「はい。」

悟は外まで婦人を見送った。

しばらく歩いたところで婦人は振り返り、手を振って言う。

母さんアヒル:「健康には気を付けるのよ!」

アヒルの子:「はい!」


 


 


 


 

                         END

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